宿場探訪サイクリング

主に東日本の街道沿いの宿場を探訪し、浮世絵に描かれた地点探しもしています。ロードバイクでトロトロとうろついて写真を撮っています。

中山道浮世絵地点探し(1) 塩尻から落合

 広重や英泉の描いた浮世絵は写実的なもの、デフォルメを効かせ過ぎているもの、イメージ的なもの、広告的なもの、感動を取り込んだもの、生活の臭いのするもの、いろいろあるが、それらを微妙に組み合わせながら見事に描いている。広重は情緒あふれる中にも大胆で、英泉は人物を詳細に描きこむ繊細なところに違いを見つけることができる。
どの地点からどの方向をみるとそれぞれの構図になるのか、宿場探訪しながら地点探しもしてみた。浮世絵の出典はすべて中山道広重美術館HPからである。
           
★31. 洗馬(洗馬付近の奈良井川)広重画
 

 北斎の赤富士・広重の洗馬と言われる程、広重の全作品中の最高傑作と評価される。同一風景を洗馬付近で発見するのは至難といえる。


 高台から下まで下りれば川淵がそっくりな感じになりそうだ。自転車移動で藪原までの予定だったのでその余裕が無かった。次回は絶対に立ち寄りたい。雰囲気のいい場所を見つけただけでも大収穫。                     2017.4.12  実写


★32.本山(高巻道と初期中山道)広重画
 
 台風一過と考えがられている。で、樵が傾いた木に支柱を立て休んでいる。本山付近で中山道が山道となるのは、桜沢の高巻道だけである。


 今回初期中山道は利用しなかったので対象外だったが、絵は初期中山道を意識していることがら、牛首峠付近の合流地点と考えられる。またの機会に探してみよう。  2017.4.12


★33. 贄川(夕暮時の贄川宿旅籠屋)広重画
 
 旅籠屋の繁忙期の様子で、軒下に下がる講札に、この版画製作に係った版元・彫師・摺師の名前が書かれ、東海道「関」と同様に当時、流行の仙女香のコマーシャルまで入れ、宣伝費をもらって刊行の足しにしたようだ。

 
 贄川宿には旅籠屋建築が数軒残っているようだが、先を急いでいて本陣を見つけるのがやっとだった。写真は本陣なので造りが違うが、こんな感じ。また機会にゆっくり探したい。                                      2017.4.12 実写


★34.奈良井 (鳥居峠麓のお六櫛屋)英泉画
 
 奈良井宿西はずれ鳥居峠の登り口のお六櫛を製造販売する家のようだが、木曽駒ケ岳(大棚入山)である。お六櫛の主産地は藪原宿であるが、峠越えの奈良井宿にも及んでいた。


 今回鳥居トンネル利用で先を急いだため、この地点直前で左折した。夕方で写真も撮れなかった状況だったのでどちらにしても写真は撮れなかった。場所は鎮神社の先の分かれ道の緩勾配の道に入ったところで、家があるかどうかは不明。                   2017.4.12
     

35.薮原(鳥居峠から望む御嶽山)英泉画
 
 御嶽山が見える鳥居峠で、松の横には義仲硯水と芭蕉句碑がある。木曽路の名所を合成したような絵で、『木曽路名所図会』とほぼ同じ構図である。


 今回鳥居峠を歩いていない。場所は義仲の硯水と芭蕉の句碑から西方を望む。次回はここを歩こうと思う。                           2017.4.13


★36. 宮ノ越(木曽川に架かる大橋)広重画
 
 広重の傑作の一つとされる。川は木曽川、橋は引塚大橋(現葵橋)で、遠景右は宮ノ越宿へ続く。


 橋より向こう側から撮らないと橋の角度があわないが葵橋だ。この写真では宮ノ越宿は画面から外れた右方向になる。                 2017.4.13  実写


★37. 福島(福島関所東門から番所)広重画
 
 平坦なまま関所に通じるのは東門で、番所の位置とも一致する。左の石垣は関山の麓、右は木曽川に落ちる崖であったが、広重の創作で山麓として描いている。


 現在、冠木門が東門にあればぴったり一致する。ここ以外撮影地点は無い。
                               2017.4.13 実写


★38. 上松(中山道沿いの小野の滝)広重画
 
 土橋から旅人が滝を珍しそうに眺め、里人は見慣れた風景に何事もなく通り過ぎる。葛飾北斎「諸国滝廻り」小野ノ瀑布を踏襲している。今は茶屋の位置に祠があり、滝の上部を鉄道が横切る。


 鉄道の橋が邪魔になるがこんな感じか。絵のように橋の左詰から構図を考えると小野の滝は崖に隠れてしまう。やはり画面は横長にすべきだった。     2017.4.13 実写


★39. 須原(須原の鹿島神社と大杉)広重画
 
 突然の驟雨で、大木に囲まれた御堂に駆け込む人々を近景に入れ、遠景は人馬と森影をシルエット。宿の鎮守鹿島神社には、御堂と神木の大杉がある。


 今回時間が無くて寄れなかったが、場所はほぼ確定できている。鹿島神社へ行けばよいが中仙道沿いではない。またの機会に確実に撮りたい。雨の日に。     2017.4.13 



★40.野尻(伊奈川橋と岩出観音)英泉画
 
 伊奈川に刎掛橋の奥に岩出観音がある。橋の後方にあるのは観音堂。


 写真では岩出観音は左後方になり伊奈川橋を撮る向きが違う。橋を渡って右折してから振り返って撮れば構図はバッチリのはず。             2017.4.13 実写


★41.三留野(三留野天王社近くの畑)広重画
 
紅白の梅の咲く時期の野良仕事をする家族と休憩する旅人を描いている。奥の家並みは三留野宿、右の神明鳥居は天王社(現東山神社)である。昔も今も三留野は梅で知られる。


 今回先を急ぐため19号で通過してしまった。梅の時期に来られるか。   2017.4.13
      

★42.妻籠(妻籠城跡を抜ける峠道)広重画
 
 浮世絵は峠を越える旅人。妻籠城跡の鞍部を中山道が通り、左に主郭空堀と右上の妻の神土塁を描いている。。遠景は三留野にある今は木が茂り見えない愛宕山といわれるが、愛宕山が地図検索でも見つからない。


 江戸に向かって左が崖下になるのは旧中山道沿いにはなく、左の空堀と右上の妻の神土塁城跡に向かう道まで行っていないので分からない。           2017.4.13


43.馬籠(馬籠峠から西を遠望)英泉画
 
 浮世絵は峠越えした商人が、ひらけた坂の途中で峠集落と遠くの笠置山を眺めている絵で、左に上の坂道には牛に乗る牛方を入れ、崖に男滝女滝が描かれているが、見えるはずのない峠の反対側にある名所まで描き加えている。


 峠に到着するのがやっとで、下り坂を大喜びで下り、スポットを通過してしまった。場所は峠の坂を下り始めて右方峠集落を望めばよいことは分かった。男滝・女滝は見えるわけが無い。広重の手法である。                 2017.4.13 仮写真


44.落合(落合橋から続く落合宿)広重画
 
 浮世絵は、落合宿を出発した大名行列を高台から描いたもので、先頭は落合橋(現下桁橋)を渡ろうとしている。この先厳しい坂を上り、石畳みの道になる。高台から見る行列の向こうの奥には落合宿が見え、背後に山が描かれている。恵那山説が多いが、方向的には二ツ森山といわれる。広重は名所を方向に関係なく描き込むことを頻繁に行っているので、恵那山と考えていいのかもしれない。二ツ森山なら山をシルエットで描くことはない距離だ。この角度で写真を撮ろうとしても木が生い茂っていてこれほど開けた展望にはならない。


 写真は逆の視点で、大名行列側から橋と坂を見るもので、
 「落合橋を渡ったら覚悟しろ~よ。」
 「もの凄く急な坂道が待っているぞ~。」
 「木曽路に入るから気合入れろ~。」
という声が聞こえてきそうだ。
行列の中にうんざり顔の物がいるかもしれない。
絵の中の小さな顔の中から見つけ出したいものだ。         2017.4.14 実写


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 やはり宿場探訪しながら浮世絵地点を探すのは大変で撮りのがしが多かった。宿の予約をしているとそればかりが気になって先を急いでしまう。だからといって1宿1泊というわけにもいかず困った。69泊旅行? とんでもない。
 今回わずかであったが、それらしい写真が撮れたし、何箇所かの地点を把握できたのが収穫だった。
 昨年走った日光街道は絵図があるものの、このような浮世絵は見つからない。日光街道の宿場探訪はどうだったのか、日記から抜粋して掲載しようと思う。


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