宿場探訪サイクリング

主に東日本の街道沿いの宿場を探訪し、浮世絵に描かれた地点探しもしています。ロードバイクでトロトロとうろついて写真を撮っています。

東海道3日目(1)浜松宿~見付宿

 天気も回復して早朝からわずかな晴れ間がある。朝食を済ませて浜松城へ向かうが、一旦3つの本陣跡を確認してからに決めた。しかし、リュックの口から入り込んだ昨日の雨で資料の各ページ半分以上がにじんで読み取れない。埋め合わせは記憶と勘しかない。
梅屋本陣跡の板碑を見つけたが山口家本陣跡も杉浦家本陣跡も同様の板碑なので道路を横断してまで行く気になれなかった。


  何しろこの付近の大手通りは中央分離帯があって横断歩道がない。昨日の疲れが残っているのか、しばらくは歩道をトロトロと進みたい。
 浜松城を反時計回りにほぼ一周して西側の公園から入った。自転車を押して歩き、持ち上げながら階段を上り、やっと城前に辿り着いた。意外に小さいが歴史を感じさせる。


 R1に戻って東進した。安間一里塚は標柱しかない。 


 すぐ近くに船橋木橋跡と道路元標がある。
この地点は江戸に60里、京都に60里という東海道の中間地点である。十返舎一九の“東海道中膝栗毛”にも記されている。また、江戸時代には上流の“池田の渡し”で天竜川を横断していたが明治九年に木橋が造られたようだ。その後天竜川橋が掛けられて姿を消した。

 県261号の天竜橋には歩道もなく車が勢い良く流れている。北側にR1の新天竜川橋があり、広い歩道に出てほっとした。


 県261号を進むと宮之一色一里塚と秋葉山常夜燈がある。北方に秋葉神社があり、詣で道になっていたのだろう。


 加茂川交差点を左折すると見附宿の西棒鼻モニュメント。


 向かいには御油宿までの姫街道入り口がある。細い道を西に行くと天竜川の池田の渡しで東海道と合流する近道で、浜名湖を迂回する本坂街道(姫街道)に通じることから、この道全体を姫街道と呼ばれるようになったという。


 右に曲がると西坂の梅塚があり、すぐに脇本陣大三河屋門跡になる。写真右奥に茶屋があり、ボランティアが運営する観光センターのように感じた。たくさんの資料をいただきながらいろいろと見附宿の説明を丁寧にしていただいた。ありがとうございました。


 その先に現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎である旧見附学校がある。江戸時代とは無縁だが、学制発布後の明治6年に開校した小学校で、「私のお爺ちゃんがここに通っていたんだよ」と説明してくれたおばあちゃんにも出会った。歴史を感じるなぁ。


 すぐ先には北本陣跡・脇本陣跡がある。


 この先に灯篭・見附宿碑・東木戸モニュメントがある。


 このあたりに阿多古山一里塚があるはずだが、見つけられず、上り坂でロードバイクを押して歩くY氏を追い抜いて先を急いだ。見附宿を出て磐田バイパスと袋井バイパスの接点を越えるときに自転車通行不可の突き当たり、かなり戻って歩道橋でバイパスを渡ることになった。するとY氏がやってきて一緒に休憩をした。彼は1時に自宅の春日井市を出て静岡の友人に会うという。暫く一緒に走ったが、私のペースに合わせたら今日中には静岡に行けないと言って先に行ってもらった。途中に薩埵峠があると勘違いしていた。


 歩道走行で何とかクリアして太田川を越えるとすぐ木原一里塚標柱をみつけた。


 恐怖のバイパスに出逢ったが大きく迂回しないで済んで良かった。


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