宿場探訪サイクリング

主に東日本の街道沿いの宿場を探訪し、浮世絵に描かれた地点探しもしています。ロードバイクでトロトロとうろついて写真を撮っています。

旧佐倉街道日帰り1-(終) 船橋宿⇒大神宮⇒自宅

 船橋宿は旧佐倉街道で最も賑わった宿場町で、飯盛り女も多く歓楽街として泊り客が多かった。日本橋からの移動による疲れが泊る距離でもあり、海の幸にも恵まれた好立地の場所でもあった。しかし、八幡宿と同様に戊辰戦争の際、新政府軍に焼き払われてしまった。


 国道14号から本町通りにはいるとすぐに大覚院赤門がある。大改修中で赤門には気づかなかった。この先に西向き地蔵があり、宿場の西側から疫病・災難が入ってこないように地蔵さんが宿場を守っていたという。

 
 宿場町の重要な施設は九日市村(現本町)だけなので本町通りにずらりと旅籠が並んでいたに違いない。4丁目交差点右奥に本陣があったようだが、碑すら立っていないのが残念でならない。

 右手の千葉銀行前に明治天皇船橋行在所跡の碑がある。立派な建物があったのだろう。説明書きによれば旅館業「桜屋」を営む山口家があったと記されている。
一筋南の国道14号(千葉街道)沿いに市役所があるが、そこにも立派な建物があったのだろう。


 さらに進むとビルの合間には和菓子屋と呉服屋が向かい合っている。大正末期と昭和初期の建物であるが創業は150年を超える。なんだかこの2軒を見るとホッコリする。(写真は振返った方向)


 そして、海老川橋を渡ると旅籠街が終わる。ここまでが九日市村(現本町)で、橋を渡ると五日市村(現宮本)。宿場町は海神・九日市村・五日市村を含めた地域である。


次の交差点右角に船橋大神宮がある。右折して回り込んで駐輪場で休んで守衛さんと話し込んだ。
 子供のお宮参りをここでしたし、もっと前に夫婦揃って灯明台に上って見渡した覚えがある。守衛さんに尋ねると上れるのは正月だけだと言うので、そんな時期だったのかもしれない。今は木が生い茂って見晴らしが良くないと言う。


 今回は出発が遅かったのでここまでとして、自宅で休むことにした。次回は成田から成田街道・旧佐倉街道を通って自宅に向かおうと思う。


 今日は天気も良く気持ちが良かった。
しかし、夜には雨が降り始めた。



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