宿場探訪サイクリング

主に東日本の街道沿いの宿場を探訪し、浮世絵に描かれた地点探しもしています。ロードバイクでトロトロとうろついて写真を撮っています。

東海道3日目(2)~袋井宿~掛川宿

 御幸橋を渡ると西木戸跡があり、袋井宿の宿場町に入った。  西本陣跡の碑と東本陣の門の復元  東海道の宿場の数で言えば丁度半分(27番目)のところなので“どまん中宿場”であり、東木戸にある茶屋を“どまん中茶屋”と呼んでいる。 浮世絵をモチーフに建てられたに茶屋である。  久津部一里塚は左は標柱、右は小学校の創立100周年記念行事として一里塚が復元された。  いいなぁ、こういう事業って。  この先…

東海道3日目(1)浜松宿~見付宿

 天気も回復して早朝からわずかな晴れ間がある。朝食を済ませて浜松城へ向かうが、一旦3つの本陣跡を確認してからに決めた。しかし、リュックの口から入り込んだ昨日の雨で資料の各ページ半分以上がにじんで読み取れない。埋め合わせは記憶と勘しかない。 梅屋本陣跡の板碑を見つけたが山口家本陣跡も杉浦家本陣跡も同様の板碑なので道路を横断してまで行く気になれなかった。   何しろこの付近の大手通りは中央分離帯があ…

東海道2日目(2)赤坂宿~御油宿~・・・~浜松H

 またR1から脇道に入った。本宿駅付近に本宿一里塚跡碑。  先を急ぐ余り長沢一里塚碑を見落として通過してしまった。気がついたら赤坂休憩所の“よらまいかん”が目の前にある。観光センターと思っていたものだから少々がっかりした。確かに腰掛とトイレはあるが人はいないし二階の浮世絵展示室も立ち入り禁止になっていてイメージとは全く違っていた。赤坂宿の陣屋跡・高札場跡・本陣跡があったが何かパッとしない。  雨…

東海道2日目(1)岡崎宿~藤川宿~

 ここのビジネスホテルは素泊まりなので、昨夕買っておいたおにぎりを食べて6時に出発した。まだ頭は起きていないが、今回一番の距離であり、雨も予想されるので早めの出発は当然でもある。昨日早く到着していたらゆっくり岡崎城を見たのだが、それができないまま急いで浜松に向かうことになった。  ホテル前の坂道を上ってR1に出ると岡崎城正門になる。  二十七曲がりは別の機会に歩こうと思う。伝馬町1交差点に西本陣…

東海道1日目(2)知立宿~岡崎城・ホテル

 驚いたのは池鯉鮒宿(知立宿)本陣跡。手前は干からびたアロエの鉢が無造作に置かれている。店の駐車場になっていて、奥は錆びたトタン小屋。市の取り組む姿勢でこうも違うのか。3000坪の敷地に300坪本陣が建っていたようだが、見るも無残。 ここの本陣には没落・引継ぎの不吉な歴史もある。  宿場の街並みも ウ~ン悲しい。  大きなスーパーと駐車場前にある問屋場跡は普通だが。  先に進むと松並木が続き、 …

東海道1日目(1)熱田神宮~熱田宿~鳴海宿~

 ここのビジネスホテルは朝食が30分遅い。急いで食べて7:30分に出発した。 R19を南下して熱田神宮を目指して走った。熱田神宮の向かいは門前町の宮町だ。  すぐ南に熱田宿があるが、宮宿とも呼ばれている。 R1と交差するところが思いもよらぬ形で戸惑い、しかもR1とわかっていなかったのでその先のR1を求めて走り続けてしまった。ロスを取り戻すためにほうろく地蔵・赤本陣跡をスルーして七里の渡しまで戻っ…

名古屋市内巡りと前夜祭 (2)

 ホテルに行く前にテレビ塔に寄ってのんびりしよう。札幌の大通公園に似た、ゆったりとした落ち着いたところで、大好きな場所だ。    チェックインを済ませて、休む間もなく中日vs巨人を観戦するために地下鉄名城線でナゴヤドームへ向かった。もちろん前売りでチケットは手に入れている。  余計な出費を避けて外野パノラマ席を選んだ。ホームベースまで150mほどもあるので、内野手は小さいが、選手全体の動きが良く…

名古屋市内巡りと前夜祭 (1) 20180404

   “春に三日の晴れ無し”とはいうものの、今年は3月20日に東京で雪(我が家近辺では霙)が降ってからは晴続きで、2週間雨が降っていない。昨年は正反対で晴の日を予想して中山道を走った。今年はバス予約ができなければ宿予約もできないので1ヶ月前に予約確定した。晴れか雨かは運次第。これまで資料作りをしてきたが、バッグと衣類の防水処理にも時間を使った。  昨日海浜幕張を出発した深夜バスが、早朝名古屋駅南…

足慣らしにお台場巡り(3)

27階を中心にして上下球体がある。以前この展望台から見下ろして自由の女神を見つけた(女神は左の写真の下中央枠外)。今日ならもっと良い展望だろうが、おいしいコーヒーを飲める店を探していたら、展望台に上るのを忘れてしまった。    テレポート駅前には大観覧車  南へ行くとダイハツキュリオスのビッグトップ。夕方からシルク・ド・ソレイユの公演があるが、まだひっそりとしている。  帰りは新木場駅まで同じ道…

足慣らしにお台場巡り(2)

 この海浜公園には外国人がとても多い。自由の女神を見ていた外国人に「nice day」と挨拶してニコッとされるのも気持ちがいい。 すぐ近くには演出だろうと思うが、海にはさびた碇。陸には直径20cm余りの太い鉄の鎖がある。錆びた砲台・砲身らしきものも砂から顔を出している。 おだいばビーチは綺麗で見とれていて撮り忘れてしまった。 さらに進むと水上バス乗場。浅草・浜松町・豊洲方面に1日に数便就航してい…

足慣らしにお台場巡り(1)

 横倒しになった円柱のコンクリートに同心円が掘られている駅前モニュメントがあった。  江東区といえば深川。深川といえば木場。ここは埋立地の新木場。木場の歴史はないがいい雰囲気である。今日はここからのスタートになった。目指すは お台場の“自由の女神”と“フジテレビ”である。  遠くにビッグサイトが見えてきた。ビッグサイト周辺はいたるところにクレーンの腕が伸びていてオリンピックの頃には建物がびっしり…

足慣らしにディズニーランドへ(2)

 運動公園から舞浜駅に向かう途中のアンバサダーホテルの通りのやし並木は海外旅行をしているようだ。  マンホールに目を向けると市章が都章と同じイチョウだったのには驚いた。  舞浜駅からTDLの誘導路途中の建造物も異国の雰囲気だ。  敷地内は自転車を押して移動しないといけない。係員が「迷っているのですか?」と声をかけてきて「乗らないでくださいね」と、念を押しに来る。5ヶ所で言われた。券売所や出入口に…

足慣らしにディズニーランドへ(1)

 今日は立春。天気も良いらしいので、357号線でTDLに行くことにした。日曜日なので道路は空いているが、車の速度が半端じゃない。軽車両通行禁止の標識は見当たらなかったが、ガラ空きの歩道をトロトロと進んだ。  雲行きが怪しい。なんと10分ほど雪が降った。厚着が正解だった。指先が縮こまっている。このあたりは埋立地で洪水の被害に遇わないようにと堤防が高く、川を渡るたびに急坂を上らなければならない。  …

B.B.Base展示会に行ったが心配あり

■内房コース 8400円 両国⇒ 館山⇒ 和田浦        館山⇒ 両国           7:39  9:55  10:50         17:10 19:38 ■外房コース 8500円 両国⇒ 勝浦             勝浦⇒ 両国           7:39  9:50              17:43  19:38 ■銚子コース 7100円 両国⇒ 松尾⇒ 干潟⇒ 銚…

BOSO BYCYCLE BASE 

 JR東日本がおもしろい特別列車を運行することを、4日夕方のTVニュースでやっていた。なんとなんと自転車専用列車が、来年1月6日から両国⇒勝浦・館山・銚子への運行が始まる。6両編成で99名99台分(自転車は折り畳まず分解せずそのままサイクルラックへ固定)、を乗せて走る。4号車がフリースペースでそれ以外が客席とサイクルラック車両だという。途中乗車・下車はできないが、JR東日本の指定されたパック旅行…

第二湾岸道路でマリン球場・稲毛の浜   20171129

 今年最後の小春日和を利用してロードバイクで久しぶりにでかけた。 公式名称ではないが第二湾岸道路は船橋市・習志野市・千葉市の沿岸を通る道 で、今日走った習志野市・千葉市は100%自転車道が整備されている。植栽もとても手入れが行き届いている。   左:第二湾岸道路の自転車道・習志野市茜浜   写真左から植栽・歩道・植栽・自転車道・植栽・車道 右:習志野市芝園の船溜まりへの水路でカモがのんびり   …

テンション下がる雨と短日

 8月から雨の日がとても多く、やっと晴れた9月始めに旧佐倉街道を走ったものの、成田から戻ってくるコースを走ることがなかなか実現しない。雨の降りやすい日が続く間に見所を調べていいたが、いつのまにか秋分を過ぎ10月も下旬になって、日中をフル活用する自分にとっては気がそがれてしまった。わざわざ雨の日や雨が降りそうな日に走る気にはならないし、暗い道を走る気にもならない。のんびり楽しく安全に走りたいから。…

佐倉街道の変遷と考察・感想(1)

 臼井藩が臼井城(1114?築城 - 1813天守焼失 – 1604臼井藩廃藩・廃城 – 撤去年不明)と江戸との行き来に使用していたのが後の佐倉街道である。臼井城廃城後、佐倉藩の佐倉城(1610築城 - 1813天守焼失 – 1873撤去・兵営設置)に役目を引き継いだ。  江戸時代初期にこの街道を酒々井までを佐倉街道と幕府は公式に命名した。 水戸街道新宿追分から市川宿―八幡宿―船橋宿―大和田宿―…

旧佐倉街道日帰り1-(終) 船橋宿⇒大神宮⇒自宅

 船橋宿は旧佐倉街道で最も賑わった宿場町で、飯盛り女も多く歓楽街として泊り客が多かった。日本橋からの移動による疲れが泊る距離でもあり、海の幸にも恵まれた好立地の場所でもあった。しかし、八幡宿と同様に戊辰戦争の際、新政府軍に焼き払われてしまった。  国道14号から本町通りにはいるとすぐに大覚院赤門がある。大改修中で赤門には気づかなかった。この先に西向き地蔵があり、宿場の西側から疫病・災難が入ってこ…

旧佐倉街道日帰り1-(2) 八幡宿⇒船橋宿 2017.9.03

 八幡宿は江戸や北千住から近く、次の船橋宿が控えているために、にぎわってはいなかったようだ。本陣も脇本陣も設置されていなかった。閑散とした宿場町だったのだろう。  戊辰戦争で幕府軍が抵抗したものの、新政府軍に八幡宿が焼き払われてしまったので大空襲以前にほとんどが消失してしまっている。あのテロ事件(?)によって日本各地で多くの物が失われてしまった。  さて、あのかわいい三猿を通り過ぎると街道の北側…